リトライ  作:音 音音

 青々とした、雲一つない晴天だった。
3階建ての校舎の屋上から人が落ちてきた。
 鳥が飛ぶのをやめたように落ちるその人は、地面に落ちる寸前に、すぐ近くにいた僕と目を合わせた。
 女性のその眼は、なぜか、助けてくれと訴えているような眼だった。
 自分から落ちているはずなのに。

 その後、その子は心を開かなくなった。授業はちゃんと受けるものの、先生は当てるのを避けた。宿題はちゃんと出すものの、忘れた日には先生は何も言わなかった。
 そして、事件から1ヶ月後の放課後のこと。
「飯島!」
 ある子が声をかけた。男子で同じ高校一年生の子だ。その子――飯島とは面識があるらしく、親しげにからんだ。
「生徒会が呼んでるぞ、生徒会に行ってこい」
「なんで僕が行かなくちゃなんないの」
「さあ、とにかく行ってこい」
「わけわからん」
 だが、人道的に行かなくてはならないだろうと考えた飯島は、歩幅を少し大きくして生徒会室に行くことにした。

「あ、君が飯島君?」
 飯島が生徒会長室に入って来た時、生徒なら誰もが知る生徒会長が待っていた。
 生徒会室はきれいに整頓されている。だが、今回だけ清潔なところを見て、飯島は疑問を感じた。
 いつもは汚いのにな、と思った。
 疑問はそれだけではおさまらなかった。生徒会長の後ろ、パイプ椅子に座って大人しくインスタントコーヒーを飲んでいる白髪の姿がそこにあった。……白衣のその姿は、医者に見えてもおかしくはない。
 飯島は生徒会長に勧められて、机をはさんで白衣の人の前に座った。
 白に染まった人は、その凛とした顔からして女だった。飯島の頭の中で自然と疑問が増える。
 白髪の女から話を切り出す。
「1か月前、覚えてるかな?」

 飯島はその話の切り出し方にぎょっとした。いきなりそんな話をするとは思わなかったからだろう。
 飯島は唇を噛む。
「確か、君は落ちた場所にいたよね」
「ええ、そうですけど。……そもそもあなた誰ですか?」
「あら、自己紹介がまだだったわね。失礼。……緑 静香っていうの。医者よ」
 そう言って、私はコーヒーをすすった。ほろ苦い味は私の集中力を上げてくれそうだった。生徒会長はドアをぴしゃりと閉める。
「あなた、医者でしょう。僕に何の用が――」
「君、落下地点にいたよね」
 飯島の言葉を遮って私は質問を催促した。飯島の顔が険しくなる。私に嫌悪感を抱いているのだろう。まぁ、私はそんなこと、慣れているけど。
「……ええ、いましたよ。それが何か? というか何が言いたいんですか?」
 私の気持ちは一気に高揚した。いつもこの言葉が言われてこそ私の真価が発揮される。私は不気味な微笑みを見せて、飯島の瞳を見つめた。
「率直に言おうか若僧。私の考えでは、あの事件は自殺ではなく他殺だと言いたいんだ。……いや、最初まではそのまま放っておけば自殺になっただろう。だが、何者かの手によってそれは他殺になった」
 飯島はその上から目線の話し方に背筋をぞくりとさせた。……どうやら当たりのようだな。
「た、他殺なわけないでしょう。飛び降りたんですから」
「いや……飛び降りだからといって、他殺でないとは言い切れないぞ少年。実際にそういう件はいくつもあったのだからな」
 そう言って私は床に置いていた鞄からある書類を持ち出した。
「人というのは、たかが3階建ての屋上から落ちた程度では死なないのだ。ましてや地面は芝生だったしな」
 用紙を渡す。その用紙の内容に飯島は目を釘付けにした。
「ならなぜ死んだ? 打ち所が悪かったか? いや、そうではない。本当は……」
「僕が殺した……でしょ」
 
「……違うな」
 私のその言葉に飯島は仰天した。
「な、なぜですか!? 僕は今自首したんですよ。それを否定するなんてどうかしています!」
「確かに、だがそれは私が警察官だったらの話だ。……しかし私は医者だ。自首なんてものに興味なんてない。それより、……私の目的は殺害計画がどのようなものだったか、だよ」
「全く先が見えません。なんですかそれ。変わってる人ですね」
「まぁ、その目的によって、君は助かるのだけどね」
「……はい?」
「君、今警察でどのような捜査が行われているのか知ってるか? 君だけが疑われてるんだよ。君が一番仏さんに近かったから」
 ちなみにその用紙にはそのことが書かれている。
「……3階から落ちた程度では死なないとあっちも思っているからですか?」
「ご明察。だから君だけが見ているはずだよ。あるものを。君が手を下さなくても君が手を下したように見えるあるものを」
 飯島はその言葉を聞いた後俯いた。必死に記憶を模索しているようだ。
 時間を潰すようにして、ドアの傍に立っていた生徒会長に話をする。
「そういえば会長さん。君はアリバイあるかな?」
 あまりに唐突だったのか、会長は一瞬、何の話か分からなかったようだ。
「え、ええ? ……少し前だったので覚えてないかな」
 ふうん。
「まぁ、1か月前ものことだし、覚えてないのもしょうがないか。……思い出したか?」
 私は飯島に振り向いた。飯島は相変わらず俯いている。

 少し時間が経った時、飯島が何かを思い出したようだ。
「確か、助けてと言っているような眼をしていました」
「そんなの証拠になるの?」
 口を出したのは意外にも会長だった。なぜか焦っているようだ。
「充分ね。証拠にはならないけど、少しはヒントにはなるわ。これで自殺の線は消える」
「それだけで自殺の線が消えるんですか?」
 また会長が口をはさんで来た。
「人って死ぬ間際になったらそういう眼をするんじゃないんですか?」
 その質問に私は少し冷えたコーヒーをもう一口口に含み、場を抑えて答えることにした。
「人が死ぬ間際っていうのは、いろいろな眼をするものだ。人が死ぬ時には、それ相応の理由があるものだ。しかも、生半可な理由で人は死なない。だから、自殺なんかは特に揺らぎようのない理由で決心して、死ぬものだ。
 だが、この事件には今、矛盾が生じた。なぜ自殺を決心した者が、死ぬ間際でそんな理由を変えることをするのか。未練でもあったか? 自殺をする者が? ……それはつまり、他殺だ。
 じゃあ他殺を考えることにするが、問題はどうやって殺したかだ。飯島しかいない状況で。……答えは簡単だ」
 飯島が持っていた用紙を戻すよう手で合図する。
「確か、首を絞められた形跡がある、と書かれているね。なぜ落下したはずの人が首を絞められて殺されるのか。いささか疑問だね」
 私は会長の方を向く。
「会長さん、最近何か学校で無くなったものはないかい?」
「……いえ、ありませんが」
「では、会長さんはピアノはやるかな?」
「ええ、多少は」
「じゃあ、もうこの事件は片付いたね」
 生徒会長と飯島は首をかしげた。まぁ、高校生に分からなくてもしょうがないものだ。
「犯人は被害者を屋上に行くよう脅し、芝生が見える位置まで歩かせた。その時犯人は刃物でも持っていたんだろう。そして、脅しながら首にピアノ線をくくりつけ、落とす。芝生に落ちる少し手前でピアノ線を力強く引っ張れば、十分に殺せる。……だが、なぜそんなことをわざわざしたのだろうな。
 それは……他殺と見せかける為だ。お前が殺したと見せかけるためにな」
 と、いうことで、と私は話をまとめ、鞄を持って腰を上げる。
「私の役目は終了だ。後は君たちでなんとかやりな」
 私は、生徒会長の横を通り過ぎる。その時、生徒会長がひそりと告げる。
「さようなら」
 私は少し止まることにした。
「次会うときは刑務所かな」
「ふふ、それはどうでしょうね」
「そうだね。あくまで私は医者だからね。逮捕することはできない。だが、一つ質問させてもらおう。危険を冒してまでなぜ他殺にした?」
「私は警察と遊びたかったんですよ。高校生のやることには限界がありますからね。ですが、まさか医者にばれるとは思いませんでした」
「……そう」
 やはり、私にはそんな気持ちは分からないな。
 私も一つ、質問いいですか? と生徒会長。
「自殺する人ってどんな眼をするんですか?」
「……眼の奥に光がない眼をするね。君がいい例だよ」
 空は1か月前と同じ、雲がない青々とした晴天だった。


あとがき

 すみません、文化祭準備でなかなか書けませんでした。
 今回は理解率3%ということですけど、理解できましたでしょうか?
 もしかしたら、私の文章が悪くてこういう結果になってしまったかもしれません。
 できれば、どこが分からないのか、ということを教えていただければ幸いです。

 この小説に貴重な時間を費やしてくれた読者の方々に感謝を。


コメント

3点 ヨワモノ 2009/09/08 20:59
なかなか面白いじゃありませんか。
なんか、本当にあるんじゃないかと思ってしまいます。
次回作に期待です!

3点 高杉晋助 2009/11/29 09:37
よくこんなの書けますね。
自分だったら絶対書けないです。
凄いですね

1点 セフィロス 2009/11/29 09:54
僕がアホだからだと思うんですが正直あまりわかりませんでした。

音 音音 2010/03/24 14:43
コメント遅れました。
たぶん、私の文章力がまだ足りないかと。


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